2020年01月10日

さらに合理的な神様

新年の恒例行事といえば、神田明神への参拝。新年にあたり、会社と社員と、そして何よりもお客さまの多幸をお願いする大事な行事です。

と同時に、非常に合理的な神様である神田明神のオペレーションが今年はどう変わったのか観察することも楽しみにしています。もはや神田明神マニアと言ってもいいかもしれません(笑)。昨年は、代表者と一般社員を分離したこと、そして土足のまま昇殿することが変化点でしたが、今年はどうか。

代表者と一般社員が分かれての参拝になるのは昨年同様。ただし、「本殿の写真(静止画)を見ながらのご祈祷で、正直有難味が薄かった」と評判が悪かったEDOCCOホールでの一般社員の参拝については、ちゃんと神主さんによる祝詞奏上が行われたとのこと。やはり昨年の形式ではあまりに有難味がないという声が多く、それに応えたのでしょうね。

代表者の昇殿での参拝については、昨年の土足での昇殿(当然敷物はしいてあるものの)から一転、今年は再び靴を脱いでの昇殿となりました。私自身が昨年「個人的にはかなり抵抗感がありました」と書いていますが、こちらもやはり批判的な声が多かったのではないかと思います。細かい部分ですが、脱いだ靴をしまう袋は、かつては一般的な白いビニール袋だったのですが、エコではないという判断があったのでしょう、今年は複数回利用が前提となっているであろう、エコバック的な袋になっていました。

ちなみに、今回の祝詞は、正月休み明けとなる1/6(月)に弥生として参拝した際には、会社名のみとなるパターン3でしたが、少しほとぼりが覚めてからということで1/8(水)にアルトアとして参拝した際には、会社名と代表者名となるパターン2でした。この際には、代表者と一般社員が分かれることもなく、一緒に本殿でのご祈祷でした。

2020011001.jpg 1/6(月) 弥生で参拝
2020011002.jpg 1/8(水) アルトアで参拝

やはりあくまでも原則は全員での本殿でのご祈祷であり、祝詞もパターン1(住所、会社名、代表者名)なのでしょう。ただ、繁忙期に関しては、需要に応えるために一般社員を分けたり、祝詞のパターンも変えたりすることによって供給力の調整を行っているということかと思います。となると、どういったサービスレベルを求めるのかは、こちら側でも一定の選択肢があるわけです。これまでは、原則として営業初日にこだわっていましたが、よりしっかりとしたサービスを求めるのであれば、日程をずらすことも選択肢なのかな、と感じました。

宗教というと、古くからのしきたりに厳格に従ってと思われがちですが、厳格に従うことによってとてつもない待ち行列を作るよりは、需要にあわせてサービスを調整するという姿勢は個人的にはとても共感できます。宗教をサービス業と比較するな、とおしかりを受けるとは思いますが、経営者の性ということでご容赦ください(笑)。
posted by 岡本浩一郎 at 16:55 | TrackBack(0) | 弥生