少し前に、ノーベル賞受賞者である吉野彰さんの日経新聞の名物連載である「私の履歴書」について取り上げました。私にビビビッと強烈に響いたのが、技術によって当たり前のものとなる「三種の神器」に対し、廃れていく技術としての「三種の鈍器」(これは吉野さんの造語)についてのくだり。いわく、三種の鈍器の一つである銀塩写真が廃れた理由は、性能面でデジカメに劣るからではなく、価値観の変化であると。
確かに、カメラ付き携帯電話が登場し、「写真は撮ってプリントする」から「撮ってメールで送る」と、価値観が一変しました。写真は撮るけど印刷はしない。家族や友人と共有したり、SNSで共有したり。私自身、写真を撮る枚数は銀塩写真からデジカメ、そして今はスマホになって飛躍的に増えました。一方で、印刷する枚数は激減しています。
技術面の優劣以上に重要なのは価値観の変化。技術に関わるものとして、これはまさに私が常日頃から考えて続けていることです。弥生の手掛けている会計ソフトについても、まさにこの考え方が大事だと思っています。
会計ソフトも大きく変わってきていますし、今後さらに変わっていきます。その要因は何でしょうか。会計ソフトの動向に詳しい方であれば、クラウドが会計ソフトを変えると答えられるかもしれません。事実として、クラウド会計ソフトは徐々に普及してきています。特に個人事業主で新たに会計(申告)ソフトを使い始められる方に関しては、クラウドアプリケーションが過半を占めるところまで来ました。確かにクラウドは、会計ソフトを変える要因の一つではあります。ただ、それは要因の一つでしかありません。私は、会計ソフトのあり方を本当に変えるのは吉野さんの言われる「価値観の変化」だと考えています。
誤解のないようにお話しすると、弥生はこれまでもこれからもクラウドに否定的ではありません。実際問題として、弥生はクラウド会計(申告)ソフトの市場において、既にずっとNo. 1ですから。
弥生は私が弥生の社長に就任した13年前から、クラウドに取り組み続けています。当時はクラウドという言葉自体が一般的ではなかったので、SaaS(Software as a Service)と言っていましたが。私が弥生の社長に就任した際には、就任の記者会見を行ったのですが、その場で私は、「弥生をSaaSの会社にする」と宣言しています。当時取り上げていただいたあるメディアでは、この会見を「弥生がYaaS宣言」とまとめていただきました。YaaS, Yayoi as a Serviceって、いいですよね。
なぜ私が10年以上前にこれからはSaaS/クラウドと言い切ったか。それは、テクノロジーは一定の循環サイクルによって進化しており、このサイクルに基づくとテクノロジーの主流はSaaS/クラウドになると当時から考えていたからです。テクノロジーのサイクルというと、Technology Adoption Lifecycleが有名であり、これはもちろん極めて重要な考え方ですが、私がここで言うサイクルは循環サイクルです。(続く)