2022年07月19日

数字を疑う(その4)

これまで、弥生が事業承継ナビを立ち上げた背景として、日本の事業者の約2/3は、「引退」の二文字が視野に入る年齢になりつつある一方で、その半数は引退 = 事業の廃業になりかねないということをお話ししました

一方で、2025年に中小企業・小規模事業者の経営者のうち70歳を超える人が全体の2/3になるという主張は、本当なんだろうか、という疑問があり、その検証を行ってきてきました。前々回は、2005年および2015年の法人経営者の年齢分布(元データは帝国データバンク)をもとに2025年の年齢分布のシミュレーションを行い、結果として、2025年に中小企業・小規模法人の経営者のうち70歳を超える人が全体の2/3というのは非常に疑わしいという結論を得ました。また前回は、2005年および2015年の個人事業主の年齢分布(元データは総務省「労働力調査(基本集計・長期時系列データ)」)をもとに2025年の年齢分布のシミュレーションを行い、2025年に個人事業主のうち70歳を超える人が全体の2/3というのも非常に疑わしいという結論を得ました。

どうして2025年に中小企業・小規模事業者の経営者のうち70歳を超える人が全体の2/3になるという話になったのでしょうか。ヒントは出典となっている中小企業庁の資料の2ページ目にありました。右側の図の出所を確認してみると、平成28年度総務省「個人企業経済調査」とあります。この調査結果の概要がこちら(pdf)。詳細は割愛しますが、この調査では、2016年時点の(調査対象の)個人事業主のうち70歳以上が42%、70歳未満が58%でした。さらにこの時点で60歳以上が73%、60歳未満が27%でした。調査対象が全く変わらず約10年(正確には9年)経過すると、この割合がそのままスライドし、2025年時点で70歳以上が73%、70歳未満が27%ということになります。仮にこの割合が正しいとすると、少なくとも個人事業主については、70歳を超える人が全体の2/3ということになりそうです。

ちなみに、前回シミュレーションに使用した個人事業主の年齢分布のもとになっているのは総務省「労働力調査」。こちらでは2015年時点の60歳以上が45%、60歳未満が55%という数値でした。この割合を単純に10年スライドすると、2025年時点で70歳以上が45%、70歳未満が55%ということになります(これは基本的に前回の極端なシミュレーションのパターンです)。

同じ総務省が発表している二つの調査ですが、一方では、2025年時点で個人事業主のうち70歳以上が3/4近くに達しうるという結果、もう一方では半分もいかないという結果とかなりの差があります。おそらく「中小企業・小規模事業者の経営者のうち70歳を超える人が全体の2/3になる」というのは前者の数字がベースになっているのではないかと思います。

ちなみに、前者の「個人企業経済調査」というのは「個人企業の経営の実態を明らかにし,景気動向の把握や中小企業振興のための基礎資料などを得ることを目的」に毎年行われているそうですが、その調査対象は、「全国の個人企業のうち、次の産業を営むものの中から,一定の統計上の抽出方法に基づき抽出した約 4,000 事業所を調査対象としている」となっています。また調査方法としては、「統計調査員が調査事業所に調査票を配布し、事業主に記入していただき、記入された調査票を取集する方法により行っている」とされています。つまり必ずしも様々な産業を反映しておらず、サンプル数も約4,000と限られる、また、調査員による調査票の配布・回収に協力できる個人事業主が対象となっており、サンプリング・バイアスが起きやすい調査のように見えます。念のためですが、だからこの調査がダメだという気はありません。どんな調査にも(全数調査でない限り)、一定のバイアスはあります。ただ、その調査の結果は調査方法(とその結果どれだけ誤差が生まれやすいか)に応じて扱うべきかと思います。

一方で、総務省「労働力調査」もやはりサンプリング調査です。こちらはサンプル数が約40,000世帯(対象となる15歳以上の世帯構成員としては約10万人)と一桁大きく、また標本の抽出方法、結果の推定方法、さらに推定値の標本誤差までかなり詳細に解説されており、サンプリング調査の限界を踏まえた上で、正しく活用されるようにかなり意識した調査に見受けられます。

どちらの数字がより確からしいかは何とも言えませんが、サンプリング調査の限界を適切に踏まえているという意味で、「労働力調査」の方が「個人企業経済調査」よりまだ妥当な結果に思えます。

ということで、個人的な結論ですが、2025年に中小企業・小規模事業者の経営者のうち70歳を超える人が全体の2/3になるというのは疑わしいと言わざるを得ません。ただし、推計のベースになる調査の選び方次第では、そういった結論になることもありうる、ということかと思います。

思った以上にこのテーマに深入りしてしまいました(苦笑)。で、結局何を言いたいのかですが、わかりやすい(往々にしてキャッチーだったり、扇動的だったり)数字に飛びつくべきではないということです。このテーマのタイトル通り、わかりやすい数字であればあるほど、それを疑うことも必要だということです。

本ブログでは以前FACTFULNESSという本を取り上げました。アメリカのSATという(日本で言えばセンター試験のような)テスト結果から、男性の方が女性よりも数学が得意だ、という結論が得られそうだが、本当にそうなんだろうか、というエピソードについてご紹介しましたが、これもある意味わかりやすい数字を疑うということかと思います。

2025年に中小企業・小規模事業者の経営者のうち70歳を超える人が全体の2/3になるというのは実にセンセーショナルな数字です。ただ、少なくとも私の感覚的には、70歳を超える人が増えることは間違いなくても、あと3年で全体の2/3になるというのはどうしてもしっくりきません。数字に安直に踊らされず、自分が感じる違和感を放置せず、本当なんだろうかと考えることも必要なのではないでしょうか。
posted by 岡本浩一郎 at 21:45 | TrackBack(0) | ビジネス