2017年06月16日

弥生人

今日は福岡でPAPカンファレンスを開催しました。福岡会場はもともと定員が50名だったのですが、お申し込みが多いため急遽部屋を変更し、何とか皆さまにご参加頂くことができました。

さて、午前中は予定されていた外出ついでに前から一度行ってみたいと思っていた場所に立ち寄ることができました(あくまでもついでですから、念のため)。それは吉野ヶ里遺跡。50ヘクタールという広大な土地に広がる、弥生時代の大規模な環濠集落です。

弥生会計の「弥生」は旧暦の3月。一方で弥生時代の「弥生」は最初に弥生式土器が発見された地名(東京都文京区弥生)からなので、直接のつながりはないのですが、やはり何となく弥生時代には親近感があります。私が小学校で日本史を学んでいた頃の弥生時代の代表的な遺跡といえば登呂遺跡ですが、1986年から発掘調査が始まったここ吉野ヶ里は結構すごいらしいということで一度来てみたかったのでした。

弥生時代といえば、水稲農耕が行われるようになった時代ですが、西暦でいえば紀元前5世紀から紀元3世紀ぐらい(最近の学説では紀元前10世紀ぐらいから、とされているようです)。ヨーロッパでは古代ローマの時代。壮麗な建物を建て、公衆浴場まで整備された古代ローマに対し、日本の弥生時代というとかなり原始的なイメージだったのですが、吉野ヶ里遺跡に行ってだいぶイメージが変わりました。北内郭にある祭殿は3階建ての立派な建物。当時からすればまさに壮麗なお城のように見えたでしょう。

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折角なので弥生人と記念撮影。弥生人なのに眼鏡をしているのはおかしいだろう、という突っ込みはなしで(笑)。弥生時代は少なくみても約700年続いたそうですが、先日お話しした通り、弥生シリーズは今年が30周年。まだあと670年ぐらいは頑張れそうです(笑)。
posted by 岡本浩一郎 at 17:33 | TrackBack(0) | 弥生
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