本ブログでもご紹介した「借入は減らすな!」「その節税が会社を殺す」を執筆された松波先生が「税理士が知っておきたい中小企業の財務改善ノウハウ」という新著を出されました。これまでの二冊はキャッチーなタイトルでしたが、今回は、地味と言えば地味な(失礼!)タイトル。今回は、資金調達相談士協会の先生方の共著で、松波先生は編著および監修ということから、これまでとは少しトーンが異なるようです。
明確に異なるのは、想定する読者。これまでは経営者に向けた内容でしたが、今回は、「税理士が知っておきたい」というリードが示すように、会計事務所向け。実際に内容は、難しいとは言いませんが、結構ディープです。
本書の前半は、顧問先の意思決定をどうサポートするかにフォーカスしています。前半でそうそうと頷くのは、「経営者としては、『経営判断に使うため』の財務諸表を作ってほしい」というくだり。経営者にとって、財務諸表は手段に過ぎません。目的は事業をすること、そのために経営判断をすること。本書では、経営者の意思決定に使える月次試算表作成の具体的なノウハウが語られています。
経営者の意思決定に使えるためには、実態を正確に反映している必要があります。実態をいかに正確に反映するか。よくありがちな誤解としては、実態を表すために勘定科目を細かく設定すること。例えば、新聞図書費ではなく、新聞は新聞費、本は書籍費にわける。そうすると確かに厳格ではありますが、費用の性格としてあまり変わりませんから、正直意味がありません。一方で、一般的な交通費と通勤費はどうか。後者は実質的に人件費ですから、これは分ける意味があります。本書では必要以上に勘定科目を増やさないことを説きます。むしろ大事なのは、継続性をもって、同様な経費が同じ勘定科目で計上されること。
実態を正確に反映するという観点で本書が一番拘っているのは、売上とそれに対する費用を月次ベースでしっかりと対応させるというところでしょう。当たり前といえば、当たり前の話ではありますが、本書では減価償却費も月次ベースで計上すべきと説きます。設備負担が重くない業種については、そこまでやる必要はないようにも思いますが、確かに設備負担が重い製造業において、月次ベースで収益状況を可能な限り正確に実態を把握するとなると、その意味があるのではないかと思います。
また、会計基準より意思決定を優先しようというくだりは、会計の原理主義的な方からすると眉をひそめそうな気もしますが(笑)、会計は何のためなのかを考えれば、合理的な判断だと感じます。
実態を正確に反映した財務諸表だからこそ、経営者の意思決定にも使えるし、金融機関への交渉にも活用できます。本書の後半は資金調達をどうサポートするかにフォーカスしています。資金調達のサポートは、資金調達相談士協会が得意とするところですし、松波先生の十八番とも言える領域。そういった意味では、特に後半は、これまでの二冊を踏まえ、さらに内容を実務的に、具体的にしたものと言えます。
本書は、広く会計事務所の方におススメしたいと思います。ここまで経営者のニーズにしっかりと向き合ってより高い付加価値を提供する会計事務所が増えれば、より健全な、もっと言えば生き残れる事業者はもっと増えるはずです。ただ、あえて言えば、これだけの付加価値を提供するには、手間もかかります。ですから、薄利多売ではなく、付加価値に見合う対価をしっかりいただく(逆にそれができないお客さまはお断りする)という経営判断がなければ成り立たないとも思います。
本書は一般の法人の経理担当者にもおススメしたいと思います。会計業務が徐々にではありますが自動化する中で、経理担当者の仕事はなくなるのか。そんなことはありません。社長の右腕として資金繰りを、もっと言えば事業そのものを支えていく。そのヒントが本書には詰まっているように感じます。