確定申告や年末調整など、日本における現状の社会的システムの多くは、戦後に紙での処理を前提として構築されたものであり、今改めてデジタルを前提として業務プロセスの根底から見直すデジタル化(Digitalization)を進めることによって、社会全体としての効率を抜本的に向上させ、社会的コストの最小化を図るべきである、という問題意識から生まれた「社会的システムのデジタル化による再構築に向けた提言」。その内容について私見(というより想い)も交えてお話ししています。
これまでに、提言の背景と課題認識、および基本的な方向性についてお話ししました。それを踏まえ、短期的に取り組むべき領域として、今まさに業務プロセスの構築が進もうとしている領域、具体的には、2023年10月に予定されているインボイス(適格請求書等)制度導入を踏まえた電子インボイスの仕組みの確立とお話ししました。
少し前にもお話ししましたが、中長期的に取り組むべき領域としては、確定申告制度、年末調整制度、社会保険の各種制度等が含まれます。これらは、既に長年にわたって確立された業務プロセスであり、その再構築は大きな社会的効果が見込まれる反面、社会的影響も甚大です。だからこそ見直すことによるメリットも大きいわけですが、どのように再構築を進めるかについては、今回の提言を踏まえつつ、引き続き十分な議論が必要だと考えています。このため、今回の提言では、短期的な取り組みである電子インボイスの話ほどには具体的に書き込んでいません。
方向性としては、「基本的な方向性」でお話しした通り、デジタルを前提として、業務プロセスをゼロから見直すべきだと考えています。この際には、1) 発生源でのデジタル化、2) 原始データのリアルタイムでの収集、3) 一貫したデジタルデータとしての取り扱い、4) 必要に応じた処理の主体の見直し、をどこまで徹底できるかがカギを握ります。
検討を進める上では、本ブログでもお話ししてきた諸外国のデジタル化の事例が参考になると考えています。例えば、イギリスのPAYE (Pay As Your Earn) RTI(Real Time Information)制度やオーストラリアのSTP(Single Touch Payroll)制度では、給与支払情報のデジタルかつリアルタイムでの収集を行っており、これによって、確定申告制度の簡易化が進んでいます 。日本でも、給与支払情報をデジタルかつリアルタイムで収集すれば、年末調整業務のあり方を大きく見直すことが可能だと考えています。年末調整に必要とされる保険料支払情報等の電子化も始まっており、これらのデータも収集すれば、年末調整業務をデジタルで完結させることも可能です。デジタルで完結させるのであれば、個々の事業者ではなく、行政で一元的に処理する方が、社会全体としてのコストは最小化されうるのではないでしょうか。
また、社会保険の各種手続きは、給与支払情報が主たる起点となるデータになっており、上述のように、給与支払情報をデジタルかつリアルタイムで収集すれば、多くの手続きを自動化することも可能ではないでしょうか。この際には、報酬月額を年間のうち3ヶ月のみに基づいて算定するなど、紙を前提としているが故の簡便化 を廃し、よりシンプルかつ合理的な制度として再構築することも可能だと考えています。年末調整業務と同様に、処理主体を見直す(例えば、事業者ではなく保険者による報酬月額の算出)ことも検討すべきだと考えています。
イギリスのMTD(Making Tax Digital)制度は、当初の構想に対し、まだまだ道半ばではありますが、所得税だけでなく、法人税や付加価値税までも対象に確定申告の必要性そのものをなくすことを目指す野心的な取り組みです。様々な取引情報をデジタルで収集することにより、納税者それぞれに用意されるDigital Tax Accountにおいて将来的に納付すべき税金の額が常時アップデートされることにより、改めての確定申告という手続きを不要とすることを目指しています。
もちろん、諸外国の制度を真似すればいいとは考えていません。諸外国の制度には、これまでの制度のあり方含め、それぞれの背景があるわけですから、それがそのまま日本に当てはまるとは限りません。諸外国の事例を参考にしつつ、日本のこれまでの制度を踏まえながら、日本に最適な仕組みを考えるべきです。
諸外国のデジタル化は、全体的には、正しい税務申告が自ずとなされるような仕組みを作り込むというTax Compliance by Designの考え方に基づいています。一方で、長年にわたって確立された業務プロセスをデジタルを前提として再構築することは、多大な労力が必要となるわけですから、行政にとってのメリットだけでは不十分です。行政だけでなく、民間にとっても明確なメリットがある、そして、行政/民間を通じて大幅な社会的コストの低減につながるような制度設計が必要だと考えています。