前回に引き続き、今月頭に参加したLendIt USA 2020を通じて感じた新型コロナウイルス禍によって米国のFinTechにもたらされた「危機」についてお話をしたいと思います。危機は、危険にも機会にもなりうる訳ですが、デジタルやオンラインという観点から機会になっている分野も確かに存在します。一方で、融資という分野については、危険が先行しているということを前回お話ししました。
劇的な環境変化の中での緊急避難的な資金繰りニーズには応えることができない。それは、国の役割。一方で、公的な支援によって、お客さまの資金繰りに一旦目処が立つと、通常の資金ニーズも生まれなくなってしまう。新型コロナウイルス禍は、事業者のUnderbanked解消に力を発揮してきたオンラインレンダーにとって、試練の時をもたらしています。
そういった中で象徴的なM&Aが、この夏立て続けに発表されました。一つはEnovaによるOnDeckの買収、もう一つはAmerican Express(AMEX)によるKabbageの買収です。
EnovaによるOnDeckの買収は、正直に言って、追い込まれての買収という側面が強いかと思います。OnDeckは2014年12月に、オンラインレンダーとして初めて、ニューヨーク証券取引所(NYSE)に上場しました。上場時には$1.3B(約1,370億円 @ 105円/$)という時価総額だったOnDeckですが、業績は期待ほどには伸びず、近年は時価総額が低迷していました。今回Enovaによる買収の対価は$122M(約130億円)ということで、全盛期の1/10以下の評価で買収されたということになります。ただ、これが全て新型コロナウイルス禍によるものかというとそうではありません。もともと業績が低迷していたところに、新型コロナウイルス禍が追い打ちをかけたというのが正解だと思います。
ちなみに、Enovaという会社は私も初耳だったのですが、2000年代から消費者向けのローンをCashNetUSAといったブランドで提供してきた会社だそうです。Enova自身の時価総額は現時点で$600M(約630億円)弱ということで、かつては自分を上回る時価総額だった会社をこの機会にうまく飲み込んだということになります。ただ、米国経済の先行きが不透明な中ではかなり思い切った買収と言えるかと思います。
OnDeckのケースは、後ろ向きな側面が強いかと思いますが、AMEXによるKabbageの買収はそうとは言い切れない部分があります。KabbageはOnDeckとならぶ代表的なオンラインレンダーですが、OnDeckとは異なり、未上場のままでした。2017年にはソフトバンクによる出資を受け入れており、この際の評価額は$1.2B(約1,260億円)といわゆるユニコーンの一社でした。今回のAMEXによる買収は$850M(約900億円)と言われており、これだけを見れば、以前の評価額から下げての買収ということになります。もっとも、今回のAMEXによる買収にはKabbageの既存の貸出債権は含まれていない(その多くは既に証券化されているようですが)ため、それを含めた際のトータルでの評価額は判明していません。ただいずれにせよ、全盛期の1/10以下で買収されたOnDeckと比べれば、Kabbageはそれなりに高い評価をされて買収されたと言えるかと思います。
なぜOnDeckとKabbageで評価が分かれたのか。それはこの後にお話しする新型コロナウイルス禍によってもたらされた「機会」をどれだけ享受できる可能性があるかに密接にかかわっているように思えます。
それにしても、高い評価を受けることもあれば、一転低い評価を受けることもある資本市場ですが、評価が低くなった瞬間にすぐにM&Aの対象となるというのがいかにもアメリカだな、と思います。Kabbageの創業者は既に次のベンチャーを立ち上げているというのも、これもまたいかにもアメリカです。経済の先行きも政治の先行きも不透明な中でも株高が続いており、危うさも感じさせる米国市場ですが、このダイナミズムがある限り、一旦は屈むことはあったにせよ、時間はかかっても必ず盛り返すのだろうと思います。
次回は、いよいよ新型コロナウイルス禍によってもたらされた「機会」についてお話ししたいと思います。(続く)