6月頭に6社共同で発表した「デジタル化による年末調整の新しいあり方に向けた提言」は、年末調整制度という「昭和の仕組み」を、デジタルを前提として業務プロセスの根底から見直すデジタル化によって、業務そのものをシンプルにし、社会的コストの最小化を図ろうという提言です。前回は、そのための一つの方策として、年末調整を年始に実施することを提言しているとお話ししました。年末調整で所得金額の見積りが必要とされるのは、所得金額が確定していない年内に年末調整手続きを行うから。それであれば、年末調整手続きを年明けに実施することによって、所得金額が確定した状態とし、所得金額の見積りを不要としようというのが、業務の見直しをともなうデジタル化の発想です。
業務の見直しという観点では、実はもっと大胆な提言も行っています。それは、年末調整の計算(年税額および過不足額の計算)の主体を見直すというもの。現在、年税額および過不足額の計算は基本的に年末に事業者が行っていますが、これを年始にするだけではなく、行政(国税庁)が設置・運用するシステムにおいて一元的に計算する方式も選択肢になりうると考えています。これによって、事業者の負担を大幅に低減することが可能になります。
実は、年末調整業務の主体を事業者から行政に移管することを70年以上前に提言した方がいました。その名はカール・シャウプ氏。そうです、あのシャウプ勧告のシャウプ氏です。シャウプ勧告は、GHQの要請によって1949年に結成された、シャウプ氏を団長とする日本税制使節団(シャウプ使節団)による日本の租税に関する報告書であり、その後の日本の税制に多大な影響を与えました。いわば日本の戦後税制のバイブルとも言えるものです。
実はこのシャウプ勧告(Appendix D C.2.b.(5))では、事業者による年末調整業務は、税務当局による対応が困難であるための措置と位置付けられており、税務当局が対応できるようになり次第、年末調整業務は税務当局に移管すべきとされている(“The process should be shifted, however, to the Tax Offices as soon as such a shift is possible.”)のです。
私も最初にこの事実を知った時にはとても驚きました。私が年末調整に大きな問題意識を感じていることは本ブログでしばしばお話ししてきましたが、その問題点を70年前に指摘した方がいたとは。
シャウプ勧告は日本の戦後税制のバイブルになりましたが、年末調整業務に関しては、勧告が実践されることはありませんでした。シャウプ氏は2000年に亡くなられたのですが、年末調整業務に関する勧告は、いわば遺言として残ったままになっている訳です。年末調整業務は事業者にとって、年末という一般的に業務繁忙とされる時期に、多大な時間を要する負荷の大きい業務です。ただ、それだけに、業務を見直さずに単純に行政に移管するのは物理的に不可能でした。
しかし、それは業務を見直さなければの話。これまでは紙を前提としていたからこそ、従業員から紙で情報を収集することは事業者でなければ難しかった。では、デジタルを前提として見直したらどうでしょうか。年末調整に必要な情報は全てデジタルで収集される。後は、それらの情報を元に一定のロジックで計算をするだけだったら。そうです、それはもう純粋にコンピューターに任せればいいだけの話です。税務署の職員が事業者の代わりに計算するのではなく、あくまでも行政のシステムが一元的に処理ということであれば、不可能が可能になるはずです。
今回の提言はかなり野心的なものです。その実現は一筋縄では行かないと思っていますし、少なくともそれなりの時間はかかるでしょう。しかし、この提言が実現した暁には、事業者の負担を大幅に低減すると同時に、70年前の遺言がついに実現することになるのです。