2020年08月19日

短期的に取り組むべき領域での方向性(その1)

確定申告や年末調整など、日本における現状の社会的システムの多くは、戦後に紙での処理を前提として構築されたものであり、今改めてデジタルを前提として業務プロセスの根底から見直すデジタル化(Digitalization)を進めることによって、社会全体としての効率を抜本的に向上させ、社会的コストの最小化を図るべきである、という問題意識から生まれた「社会的システムのデジタル化による再構築に向けた提言」。その内容について私見(というより想い)も交えてお話ししています。

これまでに、提言の背景と課題認識、および基本的な方向性についてお話ししました。それを踏まえ、短期的に取り組むべき領域として、今まさに業務プロセスの構築が進もうとしている領域、具体的には、2023年10月に予定されているインボイス(適格請求書等)制度導入を踏まえた電子インボイスの仕組みの確立とお話ししました。一方で、確定申告制度、年末調整制度、社会保険の各種制度等、既に長年にわたって確立された業務プロセスをデジタルを前提として再構築することは、多大な労力と、結果として時間はかかりますが、それだけに非常に大きな社会的メリットを生むことが期待されるとお話ししました。今回は、短期的に取り組むべき領域での方向性についてもう少しお話ししたいと思います。

前々回にお話ししたように、短期的に取り組むべき領域としては、2023年10月のインボイス義務化に向けた標準化された電子インボイスの仕組みの確立 、さらにインボイス以外も含めた商取引全体のデジタル化があります。

ただ、実はこれまでも商取引の電子化、および電子化による業務効率化という観点では、EDI(Electronic Data Interchange)という電子的な受発注の仕組みの利用の必要性が叫ばれてきていますが、現時点では大企業を中心とした利用にとどまり、中小事業者での利用は進んでいません。これは、利用に向けた明確な期限がない中で、標準化に関する動きが弱かったこと、また、大企業を中心とする発注者側のメリットが優先され、中小事業者を中心とする受注者側にとっての利用の明確なメリットを示せていないことが影響しているものと考えられます。

今回、2023年10月にインボイスが義務化されることにより、明確な期限が設定された状態となっていますし、また利用のメリットも示しやすくなっています。紙のインボイスであれば、発行者/受領者ともにこれまで以上に業務が煩雑化しかねませんが、電子インボイスであれば、データとして前工程から後工程まで一気通貫で処理を行うことによって、発行者側での請求書発行業務〜入金消込業務、受領者側での請求書管理業務〜支払業務までを大幅に効率化することが可能になります。つまり、業務はそのままで法令改正に最低限対応することで終わらせるのではなく、業務をデジタルを前提として見直すことにより大幅な効率化を実現することが可能になるはずです 。

法令改正を、嫌々対応しなければならない後ろ向きなものと考えるのか、あるいは業務のデジタル化によって大幅な効率化を実現する機会ととらえるのか。これを機会ととらえ、この時点までに多くの事業者が共通的に利用できる電子インボイス・システムを構築すべきである、というのが今回の提言の一つの柱となっています。そしてそのために先月立ち上がったのが、電子インボイス推進協議会という訳です。

(続く)
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2020年08月13日

中長期的に取り組むべき領域

確定申告や年末調整など、日本における現状の社会的システムの多くは、戦後に紙での処理を前提として構築されたものであり、今改めてデジタルを前提として業務プロセスの根底から見直すデジタル化(Digitalization)を進めることによって、社会全体としての効率を抜本的に向上させ、社会的コストの最小化を図るべきである、という問題意識から生まれた「社会的システムのデジタル化による再構築に向けた提言」。その内容について私見(というより想い)も交えてお話ししています。

これまでに、提言の背景と課題認識、および基本的な方向性についてお話ししました。前回は、短期的に取り組むべき領域として、今まさに業務プロセスの構築が進もうとしている領域、具体的には、2023年10月に予定されているインボイス(適格請求書等)制度導入を踏まえた電子インボイスの仕組みの確立とお話ししました。今回は中長期的に取り組むべき領域についてお話ししたいと思います。

今回の提言は、短期的な視野には留まっていません。時間をかけてでも、社会的システムの根源からの見直しに踏み込むべきだと考えています。既に長年にわたって確立された業務プロセスをデジタルを前提として再構築することは、多大な労力と、結果として時間はかかりますが、それだけに非常に大きな社会的メリットを生むことが期待されるからです。こういった領域については、短期間で拙速に変えようとするのでもなく、一方で変えることは所詮無理と諦めるのでもなく、5〜10年の時間軸での道程表(ロードマップ)を作製した上で、計画的にデジタル化を進めていく必要があると考えています。

これに該当するのは、確定申告制度、年末調整制度、社会保険の各種制度等です。確定申告制度と年末調整制度については、戦後すみやかに、社会保険の各種制度については、戦後の高度成長期に整備されたものですが、いずれも、ITが一般に利用できない時代に整備が始まっており、当然のことながら、紙を前提として業務プロセスが構築されています。

現在は、行政機関におけるIT活用は当然のものとなっていますし、民間におけるIT活用も一般化しています。しかし、これら業務については、一部情報が電子データとして扱われるようにはなってきていますが、全体としては、紙を前提とした業務プロセスのまま変わっていません。時間はかかっても、デジタルを前提とし、デジタルで最適化された業務プロセスとして再構築することによって、行政/民間を通じて大幅な社会的コストの低減を図るべきだと考えています。

先般電子インボイス推進協議会が立上り、お蔭さまで非常に注目もいただいています(既に多くの入会希望をいただいています)。これはこれでもちろんしっかりとやっていく。しかし私の本当の想いは電子インボイスに留まりません。確定申告や年末調整など、長年慣れ親しんだ、逆に言えば時代に合わなくなってきている社会的システムをデジタルの力を活用して圧倒的にシンプルにする。正直時間はかかると思います。それでも何もしなければ何も変わらない。時間はかかっても、少しずつでも、前に進めたいと思っています。
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2020年08月11日

短期的に取り組むべき領域

確定申告や年末調整など、日本における現状の社会的システムの多くは、戦後に紙での処理を前提として構築されたものであり、今改めてデジタルを前提として業務プロセスの根底から見直すデジタル化(Digitalization)を進めることによって、社会全体としての効率を抜本的に向上させ、社会的コストの最小化を図るべきである、という問題意識から生まれた「社会的システムのデジタル化による再構築に向けた提言」。その内容について私見(というより想い)も交えてお話ししています。

前回までは、提言の背景と課題認識、および基本的な方向性についてお話ししました。今回と次回で、取り組むべき領域についてお話ししたいと思います。

確定申告や年末調整などの社会的システムのデジタル化は、取り組むべき領域が多岐にわたりますし、実現までに長期の時間を要する領域も存在します。特に税制のあり方を含め、社会的システムの根幹から見直すことが必要であれば、充分な検討と議論が必要となり、その実現までには長期の時間を要することが想定されます。

BD研究会の議論の中では、日本の法人税収入は約12兆円であり、これを申告法人数で割り戻すと40万円強になることから、今のように複雑な法人税の計算をするよりも、売上高もしくは従業員数、事業所数などに応じて法人税を均等割化し、思い切ってシンプルな税制にすることも可能なのではないかという案も出ました。過激と言えば過激な案ですが、シンプルな仕組みにして社会的コストの最小化を図るという観点では議論の余地はあるはずです。ただこの場合、充分な検討と議論が必要なことは言うまでもありません。一方で、法令等の大幅な見直しを必要とせずに、短期的にデジタル化を実現しうる領域も存在します。このため、短期的に取り組むべき領域と中長期的に取り組むべき領域を明確化し、優先順位を付けながら計画的に進めるべきであると考えています。

では、まず短期的(この先2〜3年)に取り組むべき領域は何か。それは、今まさに業務プロセスの構築が進もうとしている領域ではないでしょうか。確定申告や年末調整など、既に長年にわたって確立された業務プロセスをデジタルを前提として再構築することは一朝一夕では困難ですが、現在進行形で、もしくはこれから業務プロセスの構築が進む領域については、最初からデジタルを前提とした業務プロセスを構築することが相対的に容易だからです。

まさにこれに該当するのが、2023年10月に予定されているインボイス(適格請求書等)制度導入を踏まえた電子インボイスの仕組みの確立です。インボイス義務化に際し、紙だけを前提として業務プロセスを構築するのではなく、当初から電子インボイスを前提とし、デジタルで最適化された業務プロセスを構築すべき。これが、先般の電子インボイス推進協議会の設立につながっています。インボイスは、商取引では下流工程にあたりますが、電子インボイスによる業務プロセスを構築することにより、中期的には上流工程、すなわち受発注も含め、商取引全体のデジタル化が進むことも期待されます。つまりインボイス制度を単なる法令改正対応で終わらせるのではなく、電子インボイスの活用によって、最終的には商取引全体を通じての生産性向上を目指すべきだと考えています。
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2020年08月06日

基本的な方向性

前回は、デジタル技術を浸透させることで社会全体としての効率を抜本的に向上させ、社会的コストの最小化を図るためには、今ある業務プロセスの電子化(Digitized/Digitization)を図るだけでは不十分であり、デジタルを前提として業務プロセスの根底から見直すデジタル化(Digitalized/Digitalization)が必要だということをお話ししました。もっと言えば、デジタルを前提として業務プロセスの根底から見直すデジタル化を実現するためには、年末調整業務のように、税制のあり方も含め、社会的システムの根幹から見直すべきだと考えています。

デジタル化に推進するにあたっては、デジタルならではのメリットを最大限発揮できるように、以下の4つのポイントを踏まえる必要があります(提言書第3章)。

1. 発生源でのデジタル化
情報は発生源においてデジタル化する。近年ではPOSでの販売管理や、給与計算ソフトでの給与計算など、情報は当初からデジタルデータとして処理されていることが一般的ですから、これら発生源でのデジタルデータを起点とします。

2. 原始データのリアルタイムでの収集
発生源で生まれたデジタルデータは、情報量を維持するという観点で、合理的な範囲でそのまま、かつ、リアルタイム(もしくはリアルタイムに近い形)で次のプロセスに引き渡す 。

3. 一貫したデジタルデータとしての取り扱い
発生源で生まれたデジタルデータは、業務プロセス全体を通じて一貫してデジタルとして取り扱う。事業者内はもちろん、事業者間の業務プロセス、さらには行政への申告・申請等、ひいては行政内の業務プロセスにおいて、紙などのアナログを経ず、一貫してデジタルとして取り扱うべきです。
データは、XMLのように、後工程でのデジタルでの処理を前提とした構造化された(Structured)フォーマットとする。逆に紙の様式を模したデータフォーマットである必要性はありません。つまり、これまでの取り組みのように、事業者から行政の申告・申請等を中心とした紙の様式の電子化にはとどまりません。

4. 社会的コストの最小化の観点での、必要に応じた処理の主体の見直し
発生源から行政まで一貫してデジタルデータとして取り扱う中で、どの時点でどのような処理を行うのかは、必要に応じ、全体最適の観点で見直しを行うべきです。例えば、年末調整業務の処理主体を事業者から行政に移管することも検討すべきだと考えています。

今回は結構固い内容になってしまいました。最初から最後までデジタルで一気通貫で処理するなど、改めて見ると当たり前と言えば当たり前の話なのですが、デジタル化に際しての基本的な方向性を確立することは非常に重要だと考えています。次回は、より具体的に、どんな領域でデジタル化に取り組むかについてお話ししたいと思います。
posted by 岡本浩一郎 at 18:00 | TrackBack(0) | デジタル化

2020年08月04日

提言の背景と課題認識

「社会的システムのデジタル化による再構築に向けた提言」の発表から少し時間が経ってしまいましたが、この提言のきっかけの一つとなった海外の事例(オーストラリアイギリスイタリアシンガポール)の紹介も一通り済みましたし、また、この提言から生まれた電子インボイス推進協議会も正式に設立されて動き出した、ということで、そろそろ腰を据えて提言の中身についてお話ししてみたいと思います。

提言の背景や課題認識(提言書第1章)については、実のところ、昨年12月に本ブログでお話ししています。弥生が事業者のお手伝いをしている確定申告や年末調整、あるいは社会保険の手続き、これらは全て昭和の時代の仕組みです。コンピューターがまだまだ一般的とは言えない時代の仕組みですから、あくまでも紙を前提とした仕組みです。確かにこれらの業務の電子化は進んできましたが、デジタル化は進んでいません。電子化とデジタル化の違いは何か。今ある業務プロセスはそのままで、媒体だけを電子データにしたのが電子化(Digitized/Digitization)、これに対し、デジタルを前提として業務プロセスの根底から見直すのをデジタル化(Digitalized/Digitalization)と定義しています。

確かに、e-Taxやe-Govなど、電子申告、電子申請の仕組みは着実に普及しており、これは特に行政コストの低減につながっています。ただ、それはあくまでも紙を電子データ化したに過ぎません(つまり電子化に過ぎません)。業務プロセス自体は昭和の時代から何も変わっていない。事業者からすると、電子化によってラクになった実感はなかなか得られていません。下手をすれば面倒になった、大変になったと思われていても不思議ではありません。デジタルを前提として業務プロセスの根底から見直すデジタル化によって業務そのものをシンプルにする必要があると考えています。

提言のもう一つのきっかけとなった年末調整業務はその典型例です(第2章)。年末調整業務は、戦後に税制のあり方が根本から変わる中で導入されました。納税者が自ら申告をする申告納税が原則となったものの、一般個人(給与所得者)には税制に関する知識が十分ではないこと、また、事務処理能力が十分でないことを踏まえ、事務処理能力が相応にあるであろう事業者が、給与所得者の実質的な申告義務を肩代わりすることになり、その際には、コンピューターが一般に利用できない時代を反映し、全てが紙を前提とした業務として整備されました。年末調整業務はそれ以来法令改正によって格段にその複雑度は増しつつも(前回も少しお話ししましたが、今年の年末調整はヤバいことになります)、仕組みは基本的に変わっていません。

しかし、海外事例でお話ししたオーストラリアのSingle Touch Payrollのように給与支払情報をリアルタイムにデジタルデータとして報告する仕組みがあればどうでしょうか。事業者はデータの収集および報告はするものの、年末調整業務自体はデジタルデータに基づいて行政で一元的に行うという可能性も生まれてきます。今の業務のあり方を前提にするのではなく、デジタルを前提として業務プロセスの根底から見直すのが、今回の提言で目指すデジタル化です。デジタル技術を浸透させることで社会全体としての効率を抜本的に向上させ、社会的コストの最小化を図る。これはある意味、社会全体のDX(デジタルトランスフォーメーション)と言えるかと思います。

なお、付言すると、基本的に紙を前提とした仕組みの限界は、今回の新型コロナウイルス禍でも明らかになっています。2023年10月にはインボイス(適格請求書等)制度が導入されることが既に決まっていますが、With コロナの時代において、紙が前提では成り立たないことは明白です。だからこそ、今回の電子インボイス推進協議会があるわけです。
posted by 岡本浩一郎 at 19:27 | TrackBack(0) | デジタル化

2020年07月29日

電子インボイス推進協議会


電子インボイス推進協議会(E-Invoice Promotion Association, EIPA)は、先日お話しした社会的システム・デジタル化研究会(BD研究会)の提言「社会的システムのデジタル化による再構築に向けた提言」を踏まえ、2023年10月のインボイス制度開始に向け、標準化された電子インボイスの仕組みの確立に取り組むための組織として設立されました。2023年10月というと、まだまだ先じゃないか、と思われるかもしれませんが、システムを開発・提供する立場からすると、もうすでに、「今そこにある危機」です。

ただ、開発を始めようにも、日本においては、標準化された電子インボイスの仕様そのものがまだ存在しません。電子インボイスは、あらゆる事業者が容易に発行/受領できなければなりませんから、皆が同じ仕様に基づいてやり取りすることが不可欠です。EIPAではまず年内に標準仕様を策定することを目指しています。

設立のタイミングで6社が幹事法人に就任しましたが、その中から、弥生が代表幹事法人を務めることになりました。BD研究会にせよ、EIPAにせよ、言い出しっぺとしての責任を負わなければならないと考えています。電子インボイス(というよりもそのベースとなるインボイス制度そのもの)が実際に動き出すまでには、正直言ってかなり多難な道のりだと考えています。そういった中で代表幹事を引き受けることはかなりの重責ではありますが、インボイス制度を単なる法令改正対応とするのではなく、中小事業者の業務効率化を実現する機会とできるよう、努力したいと思っています。

本ブログに書きたいことがどんどん積もっていってしまっていますが(苦笑)、インボイス制度について、電子インボイスについて、そしてEIPAについて、少しずつお話していきたいと思っています。

ところで今日の設立総会の参加者は総勢70人以上。設立発起人は10社ですが、それ以外に内閣官房などの行政関係者、税理士の先生方、関連する団体の方、今後入会を検討いただいている会社の方などが集まるとこれだけの数となりました。今の環境下では70人が一堂に会することは至難の業です。ではウェブ会議で、としたいところですが、行政関係者など、現時点ではウェブ会議への対応が難しい方もおり(何とかしたいところです!)、ヤヨイヒロバとZoomのハイブリッド開催となりました。

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極力Zoom参加をお願いしたため、ヤヨイヒロバはご覧の通り、だいぶ疎な感じです。大多数となるZoom参加の方は写真右側のディスプレイ内に見えています。ただ、この種の会議を開催されている方はご存じと思いますが、今回のようにオフラインとオンラインの組み合わせというのはかなりハードルが高いです。オフラインでの発言をマイクが拾いきれず、オフラインで議論が盛り上がると、オンライン側はよく聞こえないんだけど何を議論しているんだろう、となりがち。しかし、今回は新しいデバイスを利用することによってこの課題を解決できることができました。この新兵器(笑)についても追ってお話ししたいと思います。
posted by 岡本浩一郎 at 22:42 | TrackBack(0) | デジタル化

2020年07月16日

PEPPOL in Singapore

先月末に公表した「社会的システムのデジタル化による再構築に向けた提言」に関連して、提言の一つのきっかけとなった、海外でのデジタル化の事例をご紹介しています。1回目はオーストラリアのSingle Touch Payrollについて、2回目はイギリスのMaking Tax Digitalについて、そして前回はイタリアのeInvoicingについてお話ししました。

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海外事例の紹介は今回で最後になりますが、今回はシンガポールについてお話ししたいと思います。シンガポールでは、昨年1月からPEPPOL E-Invoicingという電子インボイスの仕組みが導入されました。電子インボイスという意味では、イタリアの事例について前回お話ししましたが、イタリアはFatturaPAという独自規格であるのに対し、シンガポールはPEPPOLという国際的な規格を採用しています。PEPPOLとは、もともとPan-European Public Procurement On-Lineという名称で、ヨーロッパでの政府調達の際に利用される規格としてスタートしました。

PEPPOLでは近年ではヨーロッパ以外でも活用されるようになり、日本に近いところでは、シンガポール、オーストラリア、ニュージーランドで採用されています。1回目にオーストラリアについてお話ししましたが、この調査の際にPEPPOLの話が出て、そこからシンガポールの調査につながっています。ただ残念なのは、シンガポールには実際には行けていないこと。もともとはこの3月に出張を予定していたのですが、新型コロナウイルス禍の広がりにより、出張はキャンセルせざるを得ませんでした。ただ、折角アポイントも取れているということで、急遽ウェブ会議に切り替えることにより、調査自体は実施することができました(が、久し振りのシンガポールは行きたかった…)。

イタリアとシンガポールのもう一つの違いは、義務化されているかどうか。イタリアは一部の事業者を除き義務化されていますが、シンガポールでは、義務ではありません。あくまでも業務効率化のために是非使いましょう、というスタンスです。前回、イタリアの仕組みが日本に適しているとは思わないと書きましたが、シンガポールの取り組みはより日本にあったもののように感じます。

ただし、義務でないとすると、やはり難しいのは実際に使われるかどうか。電子インボイスは電話や電子メールのように、皆が使えば使うほど効用が高まる仕組みです(いわゆるネットワーク外部性がある)。義務化してしまえば、皆が強制的に使う訳ですから、いきなり皆で使うことのメリットが生まれます。一方で、義務ではなく任意とした瞬間に、使う人が少なければメリットが生まれず、結果的に使う人が増えないという悪しき循環に陥りかねません。そうならないためにも、電子インボイスを活用することに対する何らかのインセンティブが必要だと考えています。

シンガポールでも普及に向けた活動に取り組んでいるようですが、普及に向けて時間がかかることは覚悟しているとのことでした。日本においては、2023年10月にインボイス制度の導入が決まっていますが、この段階で、どこまで普及させられるか。シンガポールなどの事例を踏まえながら、日本にあった形での普及策を考えていかなければならないと考えています。
posted by 岡本浩一郎 at 17:52 | TrackBack(0) | デジタル化

2020年07月14日

eInvoicing in Italy

先月末に公表した「社会的システムのデジタル化による再構築に向けた提言」に関連して、提言の一つのきっかけとなった、海外でのデジタル化の事例をご紹介しています。前々回はオーストラリアのSingle Touch Payrollについて、前回はイギリスのMaking Tax Digitalについてお話ししました。

今回ご紹介する事例はイタリア。ああ、これでようやく昨年イタリアに行ったのがお遊びではないことが証明できました(笑)。ローマ滞在はわずかに20時間、しかも飛行機のトラブルで苦労したり(これもいつかお話ししたいところ)となかなか刺激的な出張となりましたが、今回ご紹介する事例の中でも、このイタリアの事例が一番刺激的かもしれません。

イタリアでは、昨年1月からeInvoice、すなわち、電子インボイスが義務付けられました。日本でもこの先インボイス制度が導入されることが既に決まっていますが、イタリアをはじめ欧州では昔からインボイス制度が定着しています。ただし、それを全て電子インボイスとすることを義務付けたのは今回のイタリアが初めて。

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インボイスは一般的にモノ・サービスの売り手から買い手に発行されますが、イタリアのeInvoiceの仕組みは一味違います。それは、電子インボイスは売り手から一旦歳入庁(日本で言う国税庁)に送信され、歳入庁でシステム上のチェックを受けた上で、買い手に再送信されるのです。結果的に歳入庁は全ての取引を一元的に把握することができるという訳です。もともとイタリアでは、地下経済が大きいと言われていましたが、電子インボイスを導入することによって、これらも含めすべてをデジタルで捕捉しようということです。

さらに、これは実際に訪問して初めて知ったことなのですが、イタリアでは同時並行でB2C取引の捕捉も進めているとのこと。今年1月からは、全てのレジスターをインターネットに接続し、日次で取引データを歳入庁に送信することが義務化されるとのこと。さらに、そもそもレジを通さない取引(ランチとかでレジを打たないケースはよくありますよね)をなくすために、レジで印刷されたレシートを国が運営するくじにする、という制度も始まるそうです。レシートくじは世界的にはかなり導入事例があるのですが、何ヶ月かに一度くじ引きがあり、一等だったら(例えば)100万円がもらえる、となると、みんなちょっとした支払でもレシートを要求するようになるわけです。

つまりイタリアでは、従来レジを通らなかったような取引がレジを通るように仕向け、レジを通った取引は全て日次で捕捉。さらにB2Bに関しては、電子インボイスで全て捕捉するという仕組みを作り上げたのです。世界中の国税庁にとって、まさに夢のような仕組みです。ただ、実はこの種の仕組みはお隣の韓国で10年以上前から導入されています。

イタリアで実現した仕組みは、徴税の観点からは、一種の理想形と言えます。B2CからB2Bまで全ての取引がデジタルデータとして国に連携される。これを突き詰めれば、収集されたデジタルデータをもとに、国が納税額を計算することによって、イギリスが目指しているように、申告そのものをなくすことも可能でしょう。ただ、これが日本でも実現できるかというと、正直難しいと思いますし、そもそも日本に適しているとも思いません。地下経済が大きく、公平公正な課税が困難な国だからこそここまでやる訳であって、ある程度公平公正な課税が既に実現している国ではあるべき姿は変わるはずです。

一方で、イタリアの事例で学ぶべきだと思っているのは、関係者を巻き込み、時間をかけて議論するということ。お話ししたように、昨年1月から電子インボイスの義務化が始まった訳ですが、実は2012年に民間を中心としたeInvoicingに関するフォーラムが組成され、以来議論を続けてきたそうです。つまり7年かけて、じっくりと議論し、準備してきたということです。

デジタル化は一年にしてならず。2023年10月のインボイス制度導入に向けて、Born Digital研究会を母体として電子インボイス推進協議会を立ち上げるのですが、これにはこういった海外からの学びが活かされています。もっともイタリアは7年かけたのに対して、日本は圧倒的に時間が足りないため、焦るところではあるのですが。
posted by 岡本浩一郎 at 20:57 | TrackBack(0) | デジタル化

2020年07月10日

Making Tax Digital

先月末に公表した「社会的システムのデジタル化による再構築に向けた提言」に関連して、提言の一つのきっかけとなった、海外でのデジタル化の事例をご紹介しています。前回はオーストラリアのSingle Touch Payrollについてお話ししました。

今回はイギリスです。イギリスでは、昨年4月にMaking Tax Digital(MTD)という制度の義務化が始まりました。昨年と言えば、イギリスではBrexit(イギリスの視点で言えば、EU Exit)をどうするのか、まだまだ紛糾している時期でしたが、そんな中でもこのMTDについては、粛々と動き始めました。“Making Tax Digital”、直訳すれば「税金をデジタルに」ということになりますが、具体的にどういった仕組みなのでしょうか。実はこれは表面上は、事業者に対し業務ソフトの利用を義務化するものです。業務ソフトを提供している側からすると、夢のような制度(笑)ですが、なぜ政府が業務ソフトの利用を義務化するのでしょうか。

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それは、手作業が入ることによって、多くのミスが発生しているから。そしてそのミスは往々にして税額を過少に申告することにつながります。そこで、ミスの発生を防ぐために、取引が行われてから、情報を一貫してデジタルで処理し、それをそのまま申告につなげようということです。イギリス歳入関税庁(HMRC)の方曰く、あくまでも意図的でない事務的なミスをなくすためということでしたが、本音ベースでは、意図的に取引を省くことを防ぐ狙いももちろんあるのだと思います。

例えば、飲食店でレジスターを利用している場合でも、売上を手で会計ソフトに入力する際に、一部の売上を除外することは簡単にできてしまいます。MTDが目指す世界では、POSレジの売上をデータとして会計ソフトに連携し、それがそのまま申告につながることにより、意図的にせよ、そうでないにせよ、ミスをなくし、正確な申告を実現します。

MTDは、政治主導で始まったものです。2015年3月にオズボーン財務相(当時)から、税務のデジタル化で個人や小規模事業者の年次の税務申告をなくす(!!)という最初の構想が発表されました。“… today I am announcing that we will abolish the annual tax return all together.” (「…今日、私は、我が国で年次での税務申告を全てなくすことを発表します」)。この宣言はさぞや輝かしいものであったでしょう。日頃から様々な取引の情報をデジタルデータとして収集することによって、納税者それぞれに用意されたDigital Tax Account(デジタル税金口座)に支払うべき税額が逐次自動的に反映される、それによって、年に一回、改まっての申告を不要とする。いわゆる税務申告の概念を覆す、大胆な宣言でした。

とはいえ、実際のところ、少なくとも現時点において、MTDがそれほどうまく行っているわけではありません。政治主導で短期間で導入をしようとした結果、大きな反発を受け、その反発に対し妥協に妥協を積み重ねた結果、本来目指した世界とは程遠い形でのスタートとなっています。ただ、今後時間はかかるでしょうが、取引の発生から申告までがデジタルにかっちりとつながっていく世界を目指していくことは間違いありません。
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2020年07月08日

Single Touch Payroll

さて、今回からボチボチと、先月末に公表した「社会的システムのデジタル化による再構築に向けた提言」の具体的な中身についてお話していきたいと思います。ただ、じらすわけではないのですが、今回の提言の一つのきっかけ、つまり海外で何が起こっているのかについて先にお話ししておきたいと思います。

まずはオーストラリアで2018年7月に義務化が始まったSingle Touch Payroll(STP)という制度について。この制度が始まったということで、2018年11月にオーストラリアの国税庁であるATO(Australian Taxation Office)を訪問し、この制度導入の狙いや背景、今後目指すところをヒアリングしました。

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STPは、言ってしまえば給与支払報告の仕組みです。日本でも給与支払報告という制度がありますが、これは年に一回で、ベースは紙。これに対しSTPは、給与を支払ったタイミングで、なおかつデジタルで報告をするというのがミソです。

この制度が発足するきっかけとなったのは、年金保険料の未納問題。日本でも本来加入すべき社会保険制度に加入していない事業者が多く存在することが問題になっていますが、オーストラリアでも似たような問題があるらしく、従業員に給与を払うと同時に年金保険料を納付すべきところ、していない事業者が多数存在しているとのこと。

STP導入後は、給与支払情報がリアルタイムにデジタルデータとして収集されるため、別途収集している年金保険料の支払い状況と照合すれば、どの事業者が年金保険料未納となっているかが瞬時に判断できるようになったそうです。

また、オーストラリアは日本と違い年末調整制度がなく、各人が確定申告をする必要があるのですが、STPで収集した情報を活用することにより、申告のサイトにログインすれば、ある程度情報が埋まった申告書が用意されるようになりました。いわゆる記入済み申告書というもので、確定申告を非常に簡単に済ますことができるようになります。さらに将来的には、STPで収集した情報を雇用保険的な仕組みに活用したり、地方税の業務にも活用する計画があるそうです。

上述の通り、日本での給与支払報告は年に一回で、ベースは紙なのですが、これをSTPのような仕組みにすれば、そもそも年末調整という仕組み自体をなくせるのではないか。同行したメンバーとそうワクワクしながら話したことを覚えています。そういった意味で、このSTPの事例は今回の提言につながる重要な役割を果たしています。

ちなみに、STPには基になったイギリスのPAYE (Pay As You Earn) RTI (Real-Time Information)という制度があるのですが、イギリスでは新型コロナウイルス禍において、Coronavirus Job Retention Scheme(日本で言う雇用調整助成金に近い補助金)を支給する際に、このRTIによる情報を活用しています。新型コロナウイルス禍では、雇用調整助成金にせよ持続化給付金にせよ、日本においては基本的に紙ベースでの審査になっており、デジタル化が進んでいないことの弊害が明らかになってきていますが、こういった海外の事例を見ていると、改めてデジタル化の必要性を実感します。

また、オーストラリアには、2019年10月にも別件で訪問し、その際にもフォローアップでATOを訪問したのですが、この際には、オーストラリアの電子インボイスへの取り組みを把握することもできました。これが、この後ご紹介するシンガポールの事例にもつながっていきます。そういった意味でも、2018年のオーストラリア訪問が今回の提言の大きなきっかけになったと言えます。
posted by 岡本浩一郎 at 20:43 | TrackBack(0) | デジタル化